【金田我天 プロフィール】
小学校の元教師でこども園園長暦は20年。出版社で絵本の編集にも長く携わってきた。
現在、園長を続ける傍ら保母さんや保父さんになる学生たちの専門学校で保育原理を、看護学校で教育学の教鞭をとっている。
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「 夜間保育 」
女性の就労形態の多様化に伴い、1991年に厚生省によって制度化された保育事業の一つ。保育時間はおおよそ午後10時までの、約8時間とされている。
夜間保育を行うことによって、保母の就労形態が多様化した。それに伴って、次に制度化されるのはどんな保育事業かな?
「 夜尿症 」
夜間の睡眠中に排尿して、下着や寝具をぬらすこと(夜尿)が、排尿を統制できる年齢に達していても見られる場合、こう言う。
さまざまなことが言われるが、いちばんの原因は「夢」のせいであることを、経験者はよく知っているはずである。
「 有意語 」
喃語から生じる、一定状況のもと、一定の発音で出現する「マンマ」や「ワンワン」など、意味をもつ言葉。
「ネンネ」「オテテ」「ダッコ」「タッチ」「アンヨ」など、有意語は全国共通語が多いのは、どうしてなのだろう。
「 遊技療法 」
普通は、子どもに対して適用される、遊びを通じて行う心理療法のこと。
塾などに追われてあそびを知らない子どもに対して、はたしてこの療法が通じるであろうか?
「 誘導保育 」
倉橋惣三が唱えた保育療法。「子どもが断片的に生活していくことは、それぞれとしてはよろしいが、その断片性にあるいは中心を与え、あるいは系統をつけさせてやること」と、述べている。
誘導とは、教育(教え込む)ではなく、エデュケーション(引き出す)である。ということで、日本の発想ではなかなか難しい方法である。
「 指遊び 」
幼児の歌あそびの一つで、指や手で事象を表現するあそび。代表的なものに「むすんでひらいて」「しゃくとりむし」などがある。リズミカルな表現や創造力を豊かにし、指を使うことで脳の刺激を促す。
パチンコなど、大人の指あそびもかなりあるが、創造力が豊かになるかはわからない。脳の刺激で、ぼけの防止にだけはなるかも。
「 指しゃぶり 」
吸うことだけが唯一の摂取手段である乳児が、哺乳だけで満足しないとき、その代償として指を吸うようになるという考えもある。
ガムをかんだりタバコを吸ったりするのは、指しゃぶりや爪かみの代償という説がある。タバコがやめられない人は、指しゃぶりをやめられない子の気持ちがわかるだろうな。
「 幼児学校 」
イギリスのオーエンが、労働者の家庭の哺乳児の集団保育の意義を強調し、創設した施設。保育所の前進といわれている。フレーベルが”幼稚園の父”と呼ばれるのに対しオーエンは”保育所の父”と呼ばれている。
オーエン(の施設)は、親が働いているあいだ、その乳幼児を集団で保育した点で保育所の源流といえる。しかし、人間の性格形成の可能性を信じ、あくまでも子どのための保育施設であったという点では、必ずしも、子どものためだけとは言えない、今の保育所の源流ではないのかもしれない。
「 幼稚園 」
幼稚園について、学校教育法醍77条では次のように定められいる。「幼児を保育し適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする」。
幼稚園の創始者フレーベルは、初めて有能な母親を育てるための訓練所を作った。幼稚園は、単にそのための実習場にすぎなかった。もう一度、母親の訓練場としての機能が要求されている。
「 幼稚園教育要領 」
1956年3月に施行。1964年と1989年に改定され、文部省告示として出された幼稚園教育課程編成のための基準。法的拘束力をもつ。
こども園に対する「保育指針」は、法的拘束力がない。「保育指針」の場合は、できれば実践してほしいだけなのかな。
「 幼年童話 」
幼年期の子どもを対象に書かれた散文の文学作品の総称で、1960年以降、用語として定着した。
映像文化の影響なのか、幼年童話と絵本の区別がなくなってきているようだ。文字よりも絵、散文よりもマンガという大人社会を見ればしかたがないか。
「 幼保一元化 」
小学校に入学する前の幼児が、幼稚園とこども園に分かれて保育を受けていることに対し、これを改めるべきであるという主張。1947年、両者は機能と目的を異にするものとして2次元的に制度化された。
こども園の人は、同じ市域内の幼稚園の数を知っていますか?幼稚園の人は、同じ地域内のこども園の数を知っていますか?管轄が違うのは、役所ではなく、お互いの認識かもしれない。
「 読み聞かせ 」
子どもに本を読み聞かせるという行為。昔から子育ての中で行われていたが、急速に普及したのは、親子読書運動などのマスコミ文化の氾濫に対する子どものための市民文化運動の一つとして、1960年以降である。
この意義のひとつに、自分の好きな大人と一緒に本の世界を共有し、ともに楽しむことができ、心が安定し、人間関係の深まりを経験できることであるが、嫌いな大人が読み聞かせても意味がないようだ。園などで読み聞かせる場合、まず、子どもに好かれなければ。
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